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第四幕 菊屋ブランドの時代


新しい時代の幕開け


2019年5月1日より新しい元号「令和」がはじまりました。

「花づくりの秘訣は土づくりにある」と人生にもきれいな花を咲かせようとこの菊づくりの秘訣に習って、先代の父・三島昇が亡くなる3日前に「三島屋ふとん店」を「菊屋」と改名してから40有余年。

父の遺志を承継した私は、それぞれ20年余りの「まちのふとん屋時代」と「ネットの蚊帳屋時代」を経て、父の望んだ「人生にきれいな花づくり」を開花させるべく「ぐっすり眠って、人生を輝かせよう」をスローガンに、新しい時代の幕開け宣言 をしたのです。

あの世で、父と私はこの人生の、ビジネスのシナリオを描いていたのだと、最近になってより強く思うようになりました。
実際に私は無能で、何の力もないと思うようになりました。とくに還暦を過ぎたころより、身体がいささか不自由になり、車の運転もおぼつかなくなっています。
家内をはじめとする周りの方々のおかげで、暮らせていただいている現実です。

「我に大力量あり、風吹けば則ち倒る」の理の如く、見えないものによって生かされているのだと思っています。

父はあの世にいる時、私に「俺が先にいって、お膳立てをしておくから、あとはお前がやれ」と言い、私は私で「了解しました」とその役割を担い、この世に降りてきたのでありましょう。

このシナリオにはいろいろな方々が登場してくれます。とても、ありがたいことです。

この人生で過ぎ去ったことは分かりますが、これからの展開も本当は分かっているのでしょう。

過ぎ去った過去をしっかりと振り返り、いいことも悪いと思うこともすべて必要、あれで良かったと解釈できることで、また人生が、このシナリオを演じることが、楽しくなるのではないでしょうか。

そのような方々の恩恵で、現在、私のところには蚊帳の集大成としておお麻・ヘンプの蚊帳があります。また、故・加藤勝也氏とともに世に出した「ヘンプあんみん枕」があります。その他、有形無形の菊屋ならではのどこにもない個性・経営資源があります。ありがたいことです。
そして、これらはきっとこれからの物語の中で、重要なものとして働いてくれるでしょう。多くの方々を幸せに、安心して安眠へと誘ってくれることでしょう。

これらを土台として古くて新しい眠り観 「共生〜共眠」をコンセプトとした菊屋ブランドの時代を切り拓いていこうと思います。
それは日本国内だけでなく、世界の人々が安心して安眠でき、それぞれの人生にきれいな花を咲かせることができるように、進んで参りたいと思います。
そのような場面展開が、ここからはじまると思うと、ワクワクしてまいります。

ご縁が大切、自分一人でいくら頑張っても、変われるものではありません。
出会いがあって、それが大きな原動力になり、人生もビジネスをも変えていくのです。

菊屋にとって「ネットの蚊帳屋時代」のはじまりに、「地球交響曲(〜地球の声が聴こえますか)ガイアシンフォニー」の上映会を行ったように、新しい時代の幕開けに令和元年6月2日には吉岡俊朗監督を招いて「映画「麻てらす」(〜岩戸開き物語)」の上映会を行いました。

そしたら、6月27日にカナダの国際映画コンクールで「麻てらす」がグランプリを獲得、副題を「麻を知ることは日本を知ること」としたナレーションも英語版にしたと吉岡監督から連絡をいただきました。

ヘンプは安眠の素材だ 麻を伝えることは、安眠の輪を広げることだ!と、後先のことを考えず、アメリカでの「麻てらす」の上映会を決意したのであります。

おかげさま、このきっかけ、出会い、タイミングで、菊屋は世界への大きな一歩を踏ませていただくことが出来ました。

蚊帳を担いでシリコンバレーで 麻てらす上映会へ

 

  ちょうど、菊屋で「麻てらす」の上映会をやろうと決めたころ、静岡県磐田市は、産業交流事業として姉妹都市であるカリフォルニア州のマウンテンビュー市で9月7〜8日に開催される「アート&ワインフェスティバル」への参加者募集があり、私は参加するかどうか迷っていました。


それは昭和48年「三島屋ふとん店の時代」、父が当時の山内克己磐田市長らと共に第一回のアメリカ視察をしました。それがきっかけとなって、マウンテンビュー市と磐田が姉妹都市になったこともあり、父の遺志を継ぐにも意義のある産業交流事業だと感じたからであります。

それが、吉岡監督をお招きしての菊屋での上映会が終了して間もなく、「麻を知ることは日本を知ること」をテーマにした【麻てらす】がカナダ国際映画祭で“2019 Award of Excellence Winner”に選ばれたことが大きな引き金になったのです。

それを機に、海外版のナレーションを英語に吹き替え、パンフレットも『To know hemp is to know Japan.』としたものが完成したと吉岡監督から伺いました。

ならば、その英語版【麻てらす】をアメリカで上映するのは私の使命だ!と勝手に思い込んで、自分の置かれた状況も顧みず、産業交流事業への参加申請をしたのです。

吉岡監督からは早速、出来立てほやほやの英語版DVDが送られてきました。それを持参して、いざ出陣!とするしかない!!!と思い込んだのです。

その決断には、家内をはじめ、経理を診てくれている会計事務所の先生など、私の身体的・財務的な状況を熟知している周りの人はすべて反対しました。

しかし、もう後ずさりすることはできません。その愛する者たちの反対を押し切っても磐田市の産業交流事業に参加して、「麻てらす」の上映会を実現する使命が私にはあると覚悟を決めました。

その場面に登場したのが末っ子の次男・和人。「俺が行ってやる!」と名乗り出たのです。

次男の和人は本来なら大阪の大学の3年生ですが、休学して東京でIT関連企業のインターンを終了したところで、秋以降にはGoogleにも挑戦すると、東京オフィスに行くよりもGoogle本社を見学したいと名乗り出てきたのです。
 

和人 Google本社

磐田市の姉妹都市であるマウンテンビュー市にはGoogleの本社もあり、今回の交流事業では、マウンテンビュー市長への表敬訪問と併せて、Google本社訪問も予定されていたのです。

次男は菊屋を承継するというよりも自分の夢の実現のため、やや不自由をきたしている私の介添え役を申し出たのです。

末っ子のこの申し出に、正直、私は助かりました。
情けないのですが「老いては子に従え」で、アメリカ滞在中にはすっかり面倒をみてもらいました。蚊帳も重たい荷物も担いでくれ、タクシーに乗るのにも、携帯端末でUber(ウーバー)を使いこなしてくれました。

とは言え、この企て。なんのマーケットプラン、事業計画ないのに息子と二人で出航してしまったのです。

今思えば恐ろしく感じています。もちろんなんの伝手も身寄りもありませんでした。

還暦を過ぎ、身体も思うように動かなくなっているのに、「手を上げてから考える」という行動ができたのは、我ながらまだまだ若い!とほほ笑んでいます。

このアメリカ行きで、改めて学んだことは、「想いは実現する。何もないところにも想いがあれば、コトが成る。」ということでした。

「麻と日本の文化、蚊帳や麻製品を広げたい」の想いがコトを成すということです。

実際に、吉岡監督から、ちょうどカリフォルニアから松山市に帰省中の渡辺智子さんとの繋がりができて、あれよあれよという具合に上映会ができたのです。「思いが先行して、ことが成就する」そんなエビデンスを構築するのが私の使命なんだろうなあ、と勉強してきました。

現地では、智子さんの繋がりで、ご主人がスタンフォード大学の教授をされているグリーンバーグ奈津子さんが献身のお世話をしてくださいました。もちろん初めてお会いする方でしたが・・・・

このグリーンバーグ奈津子さん。

中学生の三年間だけ、お父様の転勤で磐田市で過されていたとのこと。

そして、なんと磐田市からの参加企業であるR食堂の小林まどかさん、磐田市の産業政策課課長の寺田耕士さんとも同級生であることが、その場で分かったのです。

奈津子さんは中学を卒業して、40年近く経ち、まさかMt. Viewで同級生に二人も会うという予想もしない展開に驚かれると共に、今回の【麻てらす】上映会サポートを名乗り出たことが、SNSを駆使しても見つからなかった、甘酸っぱくもかけがいのない磐田でのその3年間を、再び取り戻し、完全に途切れてしまった糸を再び繋げることが出来たと、喜んでくれました。


三人は私の後輩、磐田第一中学・往年の一中健児。
一中健児
 おー一中、おー一中、おお、おー一中!
 同級生が麻糸に導かれて再会!

磐田を離れ、東京から、結婚されてカリフォルニアで生活されている奈津子さんにとっても「麻を知ることは日本を知ること・磐田を知ること」に麻糸を紡いで、紡いでいくうちに、大切な想い出と友情を取り戻す事が出来たと、喜ばれている姿を見て、私もたいへんうれしくなりました。

ここにも麻の持つ目に見えないおおきな力であるとしっかりと確認されたようです。

そして、奈津子さんから上映会場としてパロアルトのお店・キッチンオフィッスを提供してくださった徳田さんへ繋がることができたのです。

こちらのお店では8月にスタンフォード大学で睡眠を研究され、日本でもベストセラーになった「スタンフォード式最高の睡眠」を著されている西野精治教授のお話会が催された会場でもありました。【麻てらす】上映会には奥様の西野智恵子さんにもお越し頂けました。

かくしてカリフォルニアで映画【麻てらす】の上映会が開催・実現されたのです。

これは、菊屋にとっても記念すべき歴史的な時間となりました。
 2019年9月7日 6時開場 6時30分上映 
 場所 Kitch’n Office
 Palo Alto の Ramona street (Between university ave & halmiton ave)

これまで、菊屋ならではの睡眠、枕、蚊帳、おお麻・ヘンプ、カラミ織といった世界中どこを探しても菊屋にしかない安眠の素材である麻・ヘンプを世界中に発信していくことを見えない世界からも応援されていると感じました。

会場では「麻を知ることは日本を知ること」にちなんで菊屋から
おお麻のお守りをプレゼントさせていただきました。
 ※ここをご覧の方にも無料で進呈します!(但し、送料200円はご負担ください

蚊帳・ケット・ストール・羽織など麻製品の展示をさせていただきました。

 

 
菊屋もここを機に 英語のホームページ kikuya.store  を立ち上げました。
 

おお麻の蚊帳の中は気持ちがいいです。
 

● 菊屋のおお麻・ヘンプの蚊帳への軌跡




菊屋ならではの 安眠の素材=おお麻・ヘンプ

1万年の昔から日本人に愛されてきたおお麻・ヘンプの糸を、古くからのカラミ織で織り上げた生地は、蚊帳ばかりではなく、多くの場面で活かされるように、ストールやあんみん枕、ケットなどの商品開発を力強く推進して参ります。

おお麻・ヘンプの糸をカラミ織で織り上げることによって、多孔性繊維の持っている通気性、熱伝導性をさらに高め、思いもよらなかった、心地よい優しさや気のパワーといった不思議な力を発揮してくれました。
そしてこの安眠の素材である大麻・ヘンプカラミ織の生地は、経糸が切れやすく、織り上げるのには大変な苦労がありました。どこでもできるというものではありません。

新しい令和の時代、菊屋は この個性を活かし、これを元に、新たなブランドづくりを推進して参ります。


このおお麻・ヘンプ100%の生地の素敵な感触・素晴らしさと、その可能性を切り拓くことによって、世界中の人々が、平和で安心して、安眠できるように、「共生〜共眠」をスローガンに頑張ります。

どうやら、これが父と私とで、あの世で描いた、菊屋承継のシナリオだったと確信するのであります。

おお麻・ヘンプカラミ織の生地。先ずは、手に取って、お肌で感触を味わってください。

その不思議な力をこちらでお試しください。 
 → ヘンプ・カラミ織サンプル生地進呈 ※送料200円はご負担ください 

蚊帳生地としてのハギレですが、周りを縫製していただき、ハンドタオルとしてご活用いただいたり、草木染・藍染めなどを施されるのもいいでしょう。どうぞ、お楽しみください。


社会発展の法則  過去・現在・未来

菊屋はいち早くITを活用することによって、新たな生産力段階における販売形態を築き上げ、蚊帳も蘇らせることによって、菊屋もネット上で「蚊帳の専門店」になっていきました。
 
蚊帳で助けられた我が身ですから、「蚊帳でご恩返しを」との思いで、アフリカに少しばかりの蚊帳を贈ったところ、フィランソロピスト賞や磐田市民賞など分不相応な賞をいただきました。
 
新しいIT技術の土台に合わせた、新たな形態として菊屋は存続することができたのです。しかし、生産力は絶えず、進化・発展していきます。今までよかった土壌の上に、安住することは許されません。生産力と生産関係の矛盾が新しい形態を求めてきます。

私の身体にも、いろいろな矛盾で歪みが生じてきました。実は、それら栄えある受賞の頃から、足腰がふらつく症状が起きていきました。頸椎に問題があるとの診断に従い8時間に及ぶ頸椎の大手術を受けたのでした。

社会発展の法則だけでなく、天の戒めとも思われる洗礼を受けたようです。また、見方を変えると使命のある道標を突き付けられたような気がいたしました。このままネット上での蚊帳屋になってはいけないと。

その啓示とも思われる心身の不調のおかげで、自分の非力さ、命の大切さ、眠りの大切さを痛感させられ、これまでどちらかというと威張って立ち上げた【講座】「クスリに頼らない安眠術」にも、入棺体験などをとり入れて、見えない大きな力を加えて発信するようになりました。

 



さらに還暦を迎えた2016年(平成28年)の4月14日、折しも熊本大震災の日に突如として私の左腕が上がらなくなってしまいました。
車の運転も断念せざるを得なくなり、営業活動にも支障をきたすようになりました。
 

丈夫がとり得の私でしたが、かつてないような、困難が襲い掛かってきました。

この身体の不調に対して、さまざまな医療機関各所を回ってさ、まざまな治療をしていたところ、ある理学療法士の先生から「裸足で大地と接する」健康法=アーシング を紹介されました。


アーシングとは、グランディングともいわれる、「靴や靴下を脱いで、裸足で直接、地球・大地と接する健康法」のことです。



2分でわかる!字幕付きアーシングの動画 (※アーシングジャパン提供)


私は、藁をも掴む気持ちで、公園にって裸足になりアーシングを実践したのです。それを機に日本にアーシングを伝えたアーシングジャパンさんと急接近することができました。


このアーシングによって私の腕の痛みはきれいに癒えました。アーシングによる炎症を軽減する効果が出てきたのです。
 
裸足になって地球と直接触れ合うことによって、私たちは自然の恵みを享受し、癒されるのです。
「地球・ガイアの声が聴こえますか?」とガイアシンフォニーの上映会から20年が経過して、【講座】「クスリに頼らない安眠術」にアーシングを手に入れることができたのです。
 
父から菊屋を承継して40年。この遍歴の中で菊屋の個性の花が開いたようです。

アーシングを「クスリに頼らない安眠術」に加え、おお麻(ヘンプ)の蚊帳生地を用いた「寝ながらにしてアーシング」ができるアーシングケットやシーツ、枕カバーを開発しました。

かつてない困難から、かつてない革新的な商品開発ができたのです。

さらに、アーシングについて学んでいくうちに、菊屋が扱う寝具を「アーシングシング」と名付け、3つのSを追求する自然派寝具とすることにしました。






その3つのSとは、Soil(土) Soul(魂) Society(社会)です。
 

そのような菊屋の再編成がそのまますんなりと上手くいくほど世の中は甘いものではありません。

どんどんと苦難は押し寄せてきます。 
 
これまで菊屋を支えてきた蚊帳、とりわけ菊屋の独壇場であった底生地をつけたムカデ対策用の蚊帳、まさかこんな蚊帳と誰もが思っていた菊屋ならではの蚊帳に、競合他社が多数現れて、稼ぎ頭だったムカデ対策の蚊帳が売れなくなってしまいました。
 
身体が不自由になったばかりか、売り上げも低迷、もはやこれまでかと、心が倒れました。
まさに「風吹けば則ち倒る」ような弱い自分と対峙しました。

心が倒れると、オロオロします。軽い鬱状態 不眠に陥ったのです。最高の寝具で寝ているはずの私が眠れなくなってしまったのです。
 
眠らなければ、この窮地を脱却できませんから、もっと「クスリに頼らない安眠術」に磨きをかける必要がありました。身をもって体験。身をもって策を編み出し、身をもって証明させることで世の中の役に立てると思ったのです。・・・・・・しかし、もがけばもがくほど、症状は悪化します。

すべてを捨てて、自分の非力を認めると、周りの方々への感謝が残ります。
そして、父母をはじめとするご先祖さまや、目に見えない大きな力を強く感じるようになります。

人が生きるということは、そのようなものに気づくためであると思えるようになりました。
私たちが遭遇するすべての事象、出会うすべての人々は、みんなみんな自分にとって必要なことだと思うように努力しました。その努力と同時にこれが私の使命・天命だと言い聞かせました。
そういう因縁をもってこの世に降りてきた自分であるから、これをしっかりと演じていこう。そうすればこの世の人だけでなくあの世の人たちにも喜んでもらえるだろうと。

このように、ついに眠れなくなった布団屋のあみ出した安眠術は、自然の摂理に副った実践をすれば上手くいくという見本を作り出していくことだと、ここに我が使命・天命を見出したように感じました。


安眠術の スキルアップ

■ 第一段階 科学的なスキルアップ

命の大切さを見せつけられた東北大震災と頸椎大手術とを機に翌2012年に構築した「クスリに頼らない安眠術」は眠りのメカニズムと眠りの三大要素を活用し、大脳生理学や認知行動療法を活かした安眠術です。 唯物論的な法則を見出すことです。

■ 第二段階 実践的なスキルアップ

そこでは、睡眠のためのホルモン(メラトニン)を分泌すべくセロトニン神経の活性化に有効な光を浴びる朝のウォーキング、さらに深部体温を下げて身体をやすめるという睡眠のメカニズムに則った夕刻のウォーキングを推奨しています。

ですから私も勤務時間であろうが先ずは、眠りのため、菊屋のためと散歩を優先して行っています。
また、腕が上がらなくなったことで出会った「裸足になって地球と接する健康法・アーシング」も安眠術に加えて、自らと菊屋を復活させるためにとり入れたのです。
 

■ 第三段階 スピリチュアルなスキルアップ

大地と接することによって自分の体内時計を地球と同調させること、身体にたまった電気を放電し、地球から自由電子をとり入れるといった科学的な要素に加え、アーシングはスピリチュアルな要素もあり、あらたなマインドフルネス(瞑想法)もいろいろと「クスリに頼らない安眠術」に加えるべく試行錯誤を繰り返しました。

これは元福島大学教授の飯田史彦先生の出番ということになりましょう。まだ、実際にはお会いしたこともないのですが、いつかご縁がありましょう。


日本古来から人々に愛されてきたおお麻・ヘンプのチカラも、蚊帳屋時代に培った、カラミ織の技術でよりパワフルに発揮できることでしょう。 これらを基盤として、新しい令和の時代に役に立つ菊屋をつくっていきたいと思います。


天の戒め 社会の励まし 大力量

平成最後の2年間は身体的にも、経営的にも、これまでにない、辛く苦しいところを通っていました。

何もガッチリではなかったのですが、毎週発行し続けたメールマガジンが1000号になったということで業界紙の「ガッチリ」面での取材があったのです。・・・・取材を受けながら自らを鼓舞させた記憶が鮮明に残っています。


 
そうして迎えた2018年、夜明け前の最も暗い時期を迎えたのです。
 
この時期が、一番つらい時期だったと思います。
ありがたいことに、おおあさヘンプに藍染めを施した「藍染・ヘンプ蚊帳(アースネット)」が、これから先 100年後にも残したい逸品に選ばれました。(婦人画報)



その勢いで、【蚊帳から生まれたかやケット】=「藍染ヘンプかやケット」を開発・発売するようになったのです。

これはまさに「セレンディピティ」(幸運を呼ぶ不思議な力)の働きと言ってよいでしょう。

藍の薬草効果とヘンプの癒し効果が合わさった、「寝具というより漢方の新薬のようなケット」が誕生したのです。漢方が専門の医師・白木先生も絶賛してくださいました。

たまたま、ネットの蚊帳屋時代で編み出した おお麻・ヘンプの蚊帳の生地をカラミ織でつくったことが次の時代のしっかりとした土台になったのです。

おお麻・ヘンプの蚊帳 「ヘンプの蚊帳の中で」 こちらでご覧ください。

この蚊帳の素材が、それに続く新しい時代のけん引力となっています。
そして平成から令和に移り、菊屋も大きく変わります。
 
かつてない困難からは かつてない革新が生まれ 
かつてない革新から かつてない飛躍が生まれる

 
この節から誕生したしたのが、「ねいるケアあんみんメゾッド」であり、ヘンプ・カラミ織・藍染めの最強のトリオです。
 
さらにそこから新商品として藍染ヘンプかやケットの誕生で人生と仕事にも夢を抱けるようになりました。それだけ「藍の薬草効果とヘンプの癒し効果」は偉大な発明になったのです。
しかし、まだまだ藍染め技術は不完全なものでありますが、周りの方々のご恩恵・ご尽力で非力な私は働かせていただいております。

運よく作り上げた、神のお導きとでもいえる、蚊帳をやっていたのであればこそ手に入った安眠の素材であるおお麻・ヘンプ、カラミ織の生地活かしてス菊屋ブランドを世界に発信する時期となったのです。
 
また、眠れなくなった布団屋が、その苦しさの中から編み出した「ねいるケアあんみんメゾッド」は「クスリに頼らない安眠術」と併せて父から承継した菊屋で40周年の大きな成果・集大成として誕生したのです。

眠りを変えて人生を輝かせよう
菊屋はより良い眠りを求めている人が、母なる大地とつながる 「あんみんメゾッド」 で、安らかで健やかな眠りを取り戻し、より輝けるよう お手伝いをします。


身体能力の低下、車でのごあいさつ回りができなくなるなど、相変わらずの状態ではありますが、自らの体験を通して、父の40年の命日には「ねいるケアあんみんメゾッド」を公開することができたのです。

ありがたいことです。

心ひとつ、心を倒さずに、ここから次の10年、菊屋へ改名50周年に向けて、きれいな花を咲かせることができるように頑張ります。


眠りを変えて人生を輝かせよう 


スピリアルな睡眠計画は蚊帳の中からはじまった

菊屋ならではのヘンプ、カラミ織、の安眠の素材を活かし「スピリアルな眠りのスタイル」で令和の時代を生き抜くお手伝いをします。

より良い眠りが得られるように、母なる大地とつながる 「あんみんメゾッド」 で、安らかで健やかな眠りを取り戻し、より輝けるよう お手伝いをします。


 
「眠りを変えて人生を輝かせよう」 【ねいるケアあんみんメゾッド】

「ねいるケアあんみんメゾッド」のルーツは父の「能力開発研究所」です。

40年前に他界した父が、眠りを通して、個性の花を咲かせることで人生を輝かせ、個人も社会も良くしていこうという社会活動の基地として、この能力開発研究所を三島屋ふとん店の外につくったのです。

父はなくなる3日前に三島屋ふとん店を菊屋と改め、この能力開発研究所の想いも菊屋の中に内包・封印させたのだと思います。若かった大学を出たばっかりの私にはとても父のようにはいきません。

「まちのふとん屋時代」の20年、「ネットの蚊帳屋時代」の20年の歳月をかけた修行が必要でした。

菊屋を継承した「昭和の時代」私ははまちのふとん屋として、必死になって下りのエスカレーターを上り続けていました。

そして、平成になってから結婚でき4人の子宝にも恵まれました。

また、新しい情報技術を活用し、ネットで蚊帳が蘇り、菊屋は「ネットの蚊帳屋時代」を過ごし、ずいぶんたくさんの蚊帳を平成の世に送り出してきました。

父の亡きあと、苦節の四十有余年、昭和と平成の世も全うし、この令和の時代を迎えることが出来ました。

令和 は「菊屋ブランドの時代」に

平成年間に菊屋が世に出してきた「蚊帳」は相手を殺さず身を守る「平和の象徴・シンボル」だったのです。平成年間には日本は戦争がない平和な時代でした。
 
新しく始まった「令和は神さまの時代」となるのだろうと強く感じました。
 
「令」の字はもともと人がひざまずいて神の意を聞くという会意文字で、令は霊でもあります。
 
神さまの大きな思し召し(=みんな「和」して仲良く)に副っていく時代になるのだと思うのです。自分だけ良ければいいじゃなくて、「みんな仲良く蚊帳の中」って感じじゃないかしら。
 
そうです。
菊屋は平成年間に、平和の象徴である蚊帳を、おおあさ(ヘンプ)で作り上げることが出来ました。
 
このおおあさ(大麻)は天照大神の化身でもあります。神の領域をつくる注連縄も大麻でできています。
 
大麻は汚れを祓う、人にも地球にJもやさしい聖なる植物です。
 
新しく始まった令和の時代、蚊帳で培ってきた ヘンプ(おおあさ)カラミ織 藍染など菊屋ならではの素材を活かし、みんな仲良く、世界の平和と人類の幸福を祈り【not only 寝具 but also someシング】で、蚊帳の中の「菊紋和(きくもんなごみ)」だけでなく、蚊帳の外の「LOHARTHロアース」の2つのブランドを育て上げていく「菊屋ブランドの時代」としていこうと思っています。
 
神の思し召しに副っていこうというスピリチュアルな感覚を大事しながら、このリアルな現実を生きる「スピリアル」な考え方、生き方を実践していく「令和の時代」の象徴になるような菊屋ブランドを構築していきます。
 
目に見えない眠りの世界を大切にし「共生〜共眠」をテーマに天につながり、地球につながろうと、平成から令和に移り行くとき、伊勢神宮に詣で、ご神木に手を当て、アーシングをし「感謝の記帳」をしてきました。
 
昭和31年生まれの私たちは、平成31年を平和に過させていただき、「令和31年」に向けて、まだまだ、これからも、お役に立てるよう、はたらかせていただきます。
 
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
 



「おお麻ヘンプの力」が新しい時代を切り拓いていくことでしょう。

まちのふとん屋時代、ネットの蚊帳屋時代で培った「ヘンプの力」をヘンプクロスでご確認ください。  → ヘンプクロス  サンプル生地 無料進呈


菊屋の新ブランド LOHARTH  ロアース



 → https://r.goope.jp/loharth/
 

※ LOHARTHロアース=「lohasロハス」+「earthアース」の造語




この令和の時代も みなさまの安眠の導き手として努力精進してまいります。


どうぞこの先も末永くよろしくお願い申し上げます。



 
令和の時代もよろしくお願いします


anmin.com 菊屋 代表 三島 治  拝